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ノーベル文学賞 ボブ・ディラン



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米国のシンガー・ソングライター、ボブ・ディラン氏(75)へのノーベル文学賞授賞が論議を呼んでいる。

歌手で初となる栄誉に祝福の輪が広がる中、本業の作家からはスウェーデン・アカデミーの選考への批判も噴出。

反戦や反体制といった強いメッセージ性の裏にある「文学性」の真価に注目が集まる。

「まずい発想の懐古賞」。賞が発表された13日、「トレインスポッティング」で知られる英作家、アービン・ウェルシュ氏は音楽家に贈賞する決定をツイートで痛烈に批判した。

一方、有力候補と目されてきた米作家のジョイス・キャロル・オーツ氏は「彼の音楽と歌詞は常に最も深い意味で『文学的』だと感じられた」と称賛のツイートを投稿。「文学」の枠を広げる選考をめぐり賛否は割れている。

国内の米文学研究者は歓迎ムードだ。

「ディランの歌詞は30年以上前からアカデミズムの場で『詩』として研究されてきた。文学賞でも矛盾はない」と話すのは慶応大の巽孝之教授。〈どれだけたくさんの道を歩き回れば 人は一人前だと呼ばれるようになるのだろう?〉〈どれだけ大砲の弾が撃たれれば もう二度と撃たれないよう禁止されることになるのだろう?〉-。公民権運動やベトナム戦争を背景に若い世代に支持された代表曲「風に吹かれて」(1963年)のそんな一節に、巽教授は文学性をみる。

「短い行数に、個人の人生において『挫折してもやり直す』というアメリカ的ビジョンが込められ、その心が一気に同時代の戦争にまで拡大していく。メッセージ性が強いように見えて、答えを断定することはなく、むしろ詩の読み手を引き込み考えさせる」と思想性の高さを強調する。

羽振りのよかった女性の転落を歌う「ライク・ア・ローリング・ストーン」(65年)も印象は受け手次第。東京大の柴田元幸名誉教授は「『転がる石のように』生きることを肯定すべきか否定すべきか、読み進むうちに分からなくなる。多様な解釈を呼びこむ言葉の広がりや曖昧さが魅力。ポピュラー音楽の歌詞に複雑な象徴性や隠喩性を持ち込んだディランは特別な存在」と話す。

歌詞の随所に古今の詩の英知が注がれており、独協大の原成吉教授も「アレン・ギンズバーグら米国の詩人にも影響を与え、高尚な言語芸術としての詩と大衆芸術の垣根が取り払われていった。それが彼の偉業だ」と語る。

ただ世界的に読書離れが進む中だけに選考を疑問視する声は収まらない。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は「ボブ・ディランはノーベル文学賞を必要としていないが、文学はノーベル賞を必要としている」と書く皮肉のきいたコラムを掲載。文芸評論家の川村湊氏も「最近のノーベル賞は知られざる文学者に光を当てる役割も担っていた。そうした存在を差し置いて有名なミュージシャンを選んだ。急過ぎる変化が気になる」と懸念する。

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ことしのノーベル文学賞に選ばれたアメリカのシンガー・ソングライター、ボブ・ディランさんについて、ノーベル財団はいまだに本人と直接連絡がとれていないことを明らかにし、ことし12月の授賞式にディランさんが出席するかどうかも、現時点ではわからないとしています。

ノーベル財団によりますと、ノーベル文学賞の選考委員会は、毎年受賞者を発表する前後1時間ほどの間に、本人に直接、選考結果を伝えることにしているということです。

ところがことしの受賞者のボブ・ディランさんについて、ノーベル財団の広報担当者は、17日、NHKの取材に対し、「選考委員会が何度も連絡を試みたものの、いまも直接話ができていない」と述べ、発表から4日がたってもいまだに本人と連絡がとれていないことを明らかにしました。そのうえで「これ以上選考委員会から連絡をとることはしない」として、今後はディランさん側からの連絡を待つとしています。

さらにことし12月にスウェーデンの首都ストックホルムで行われる授賞式についても、現時点ではディランさんが出席するかどうかわからず、本人が記念講演を行わなければ賞金を授与することもできない、としています。

ディランさんは受賞の発表の直後にコンサートのステージに姿を見せたものの、受賞については一切コメントしなかったということで、ディランさんの真意が注目されています。

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13日夜のニュースを見て驚いた。近年候補に挙がっているのは知っていたが、本当にボブ・ディランがノーベル文学賞を取るとは。その昔、学生街の喫茶店の片隅で聞いていたころには予想もしなかった。文学の定義もそれだけ広がったということだろう。

代表作の一つ「風に吹かれて」が発表されたのは1963年。当時本格化しつつあったベトナム戦争を背景に、ディランはこう歌っている。

「何度砲弾が飛び交ったら、それは永遠に禁止されるのだろう」「どれだけ多くの人が死ねば、もうたくさんだ、と気づくのだろう」

そんな問いを繰り返した後で、ディランは「答えは、風に吹かれている」と、聴く者を放り出す。争いをやめない人間の愚かさへの諦めが色濃くにじむ。

風に吹かれながら私も考えた。ここで頭に浮かんだのは、文学賞の6日前に発表されたノーベル平和賞だ。今年の受賞者はコロンビアのサントス大統領。同国での政府と左翼ゲリラとの内戦を終結させるため、和平交渉を推し進めた功績が評価された。

この内戦が始まったのは「風に-」発表の翌年である。以来半世紀を超えて戦いは続き、犠牲者は20万人以上に上る。しかし大統領の努力にもかかわらず、和平合意が国民投票で否決されてしまい、和平は暗礁に乗り上げている。「どれだけ多くの人が-」の歌詞が頭に浮かぶ。

今回、ノーベル委員会が「和平は未達成だ」との批判も予想される中で、サントス氏に平和賞を贈ったのは、それでも平和を諦めない人々へのエールと受け止められている。紛争や内戦が後を絶たない世界で、憎しみや不信という負の感情に足を取られながらも、人間はよりよき社会を目指すことができる。これはディランが投げた問いに対する、一つの前向きな答えともいえないだろうか。

それにしてもボブ、ノーベル賞をもらうなんて、How does it feel?(どんな感じだい?)

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先週13日木曜日(2016年10月)にノーベル文学賞に選ばれた歌手のボブ・ディランが相変わらずシカトしている。授賞発表の翌日のネバダ・ラスベガスで開かれたライブではノーベル賞に一切触れず、カリフォルニア・インディオでもコンサートがあり、ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズらと共演したが、やはりコメントなしだった。

ノーベル賞を選考するスウェーデン・アカデミーも「本人と連絡が取れていない」と困惑している。そんなことから、辞退するのではないかという見方も出てきた。

意味深な1曲「どうして私を心変わりさせようとするの」

森圭介アナ「なぜ何も語らないのでしょうか。『受賞発表直後のコンサートの曲に思いが込められている』と伝えるアメリカのメディアもあります。2つのコンサートのラストに同じ曲を歌ったというのです」

その曲は「WHY TRY TO CHANGE ME NOW」というタイトルで、「どうして私を心変わりさせようとするの」という意味だ。「いつだって、私はあなたのピエロだったことを忘れてしまったのか」と歌っている。地元メディアは「これはそっとしておいてほしい」というメッセージで、ノーベル賞を辞退する可能性が高いと報じている。



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